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古代オリンピック

古代オリンピックの始まり

紀元前8世紀頃、古代ギリシャでは都市国家間の争いが続いていました。エリスという国も、約50km離れたオリンピアという領地の所有権をめぐり、隣国のピサと交戦状態でした。そればかりか感染症も流行したので、エリスの王は行き詰ってデルフィにある神殿で祈りをささげました。すると、「争いをやめて、以前行っていた競技会を復活せよ」と神の託宣を受けました。そこで、王は、ピサと休戦し、紀元前776年にオリンピアで競技会を行いました。これが古代オリンピックの始まりと言われています。

神にささげる祭典

古代オリンピックはゼウス神を祭る聖なる祭典であったため、血を流すことは禁じられていました。そこで、祭典期間の5日間を含め前後3か月間を休戦機関とし、「エケケイリア(聖なる休戦)」と呼びました。この3か月間は武器を持ってオリンピアのあるエリスに入ることはもちろん、争いごとなども禁止されました。また、遠くから訪れる選手や観客は、3か月という十分な期間を利用し、安全に旅をして、オリンピックを観戦することができました。
こうして競技者と旅人の安全が保証されたため、古代オリンピックは約1,200年もの長い間にわたって続けられたのです。

古代オリンピックの最後

その後、ギリシャは国力を増していたローマに征服され、オリンピアの競技大祭にはローマ人たちも参加するようになりました。宗教行事だったオリンピアの競技大祭は、ローマが支配する全地域から競技者が集う国際的な競技大会となりました。
しかし、大会規模が大きくなるにつれ、地位や名声を求める人々によって、競技が賭けの対象になったり、八百長が行われたりしたために、大会は神聖さを失い、オリンピアの神域もローマ人の観光地になってしまいました。また、ローマ帝国が392年にキリスト教を国教としたため、オリンピア信仰は禁止され、オリンピアの競技大祭も廃止に追い込まれました。記録では393年に開催された第293回オリンピック競技大祭が最後の古代オリンピックとなっています。

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